2003-03-27 第156回国会 参議院 総務委員会 第8号
湘桂作戦でございますが、この作戦は、敵機の日本本土空襲を阻止するために中シナ地域の敵空軍基地を覆滅するため、日中戦争最大と言われております約三十六万人の兵力を投入いたしまして展開された一大進攻作戦でございまして、制空権を奪われた中での大変困難な戦いであったというふうに承知をいたしているところでございます。
湘桂作戦でございますが、この作戦は、敵機の日本本土空襲を阻止するために中シナ地域の敵空軍基地を覆滅するため、日中戦争最大と言われております約三十六万人の兵力を投入いたしまして展開された一大進攻作戦でございまして、制空権を奪われた中での大変困難な戦いであったというふうに承知をいたしているところでございます。
湘桂作戦の加算率の見直しについてこれから質問させていただきますけれども、この加算というのは、昭和二十一年二月一日、旧軍人恩給廃止前に勅令により規定されたものであり、難しいとは思われるわけでございますけれども、例えば昭和十九年六月から十一月までの中シナあるいは南シナにおいて三十六万人の兵を投入した日中戦争の最大の激戦と言われた湘桂作戦の実態に着目し、加算の割合を、増率を現行の一月につき二月加算をあるいは
湘桂作戦の加算の見直しについて、これは大臣の方にお伺いしたいと思います。 昭和十九年の六月十一日までの中シナ、南シナにおいて三十六万人の兵力を投入いたしました日中戦争最大の激戦が行われたのは御承知のとおりでございます。
○大臣政務官(河野太郎君) 湘桂作戦でございますが、これは中国本土から日本を空襲する米軍の基地を何とかしたいということで行われた大変な激戦であったということはよく承知をしてございます。 しかしながら、この加算年というのは勤務の危険性、特殊性といった実態に着目をし、これは戦前から恩給法で細かい規定を設けて加算年を定めてまいりました。
○政府参考人(大坪正彦君) 湘桂作戦のお話でございますが、実はこれもかねてから関係の方々の強い御要望ということもありまして、恩給局としましても厚生省にお願いしてさまざまいろいろ調査をしてきているところでございますが、実は動員されました兵力につきましては、三十六万人ぐらいというような数字は書物も通じてわかるわけでございますが、それで実際の戦死者の数につきましては、実は探しておりましてもなかなか出てまいりません
中国で、昭和十九年に行われた湘桂作戦というのがございました。この湘桂作戦というのは、貴州、雲南、湖南、それから広西、そういったような各省において仏印ルート、できればビルマルート、そういったものの蒋介石政権に対する支援物資、軍需物資の輸送をとめようという作戦だったわけでございますが、これはなかなかうまくいかない。至るところで大激戦がありまして、死亡した人も非常に多かった。
私どものところにも請願、陳情という形で一つ出てきております問題に、中支における湘桂作戦あるいは硫黄島での同じく戦務乙から甲への加算の問題、そういう請願が実は出ております。昨日もちょっとお話がございましたけれども、こういう問題につきまして、現在は戦務乙のようでございますけれども、恩給の加算年をさらに加えて甲にするというような改善策につきましてぜひ御検討いただきたいと思います。
○政府委員(石倉寛治君) 御指摘の湘桂作戦あるいは硫黄島の問題につきましては、私どもも戦史上ではありますが相当激しい戦闘であったということは承知をいたしております。
まず、湘桂作戦の問題がございます。湘桂作戦と申しますのは、昭和十九年に中支から南支にかけて、省で言うと湖南省、貴州省、江西、広東、この四省にまたがる広大な地域で三十六万二千人という大動員の兵力を投入しまして、日中戦争最大の作戦だと言われているんですけれども、我が軍にも一万九千三百という大変な死傷者数を出している。こんな激戦地であったにもかかわらず、先ほど申しました戦務加算が戦務乙、二月なんですね。
それから、今いろいろと長い間の要望として出されております湘桂作戦について、確かに大変な戦死者を出している激戦であったわけであります。ところが恩給局の対応としては、これは陸軍省、海軍省の議を経て勅裁を得た上で内閣告示とした、今さらひっくり返せないということでございます。しかしながら一方、それじゃ加算について戦後何もなかったかといえば抑留加算があり、かつ沖縄の加算があったわけであります。
○国務大臣(池田行彦君) ただいま御指摘の湘桂作戦における戦闘につきましては、先生初め多くの委員の方々から累次にわたり御質問をちょうだいいたしておりますし、それからまた御熱心な請願その他御陳情もお受けしておることはよく承知しております。
そういう恩給の基本的な構成要素であるいわゆる加算年あるいは戦地戦務加算というふうな問題について、これを変えるというのは現実の認識を知らない者の議論ではないかというふうに私は見るのでありまして、今度取り上げます湘桂作戦というものを中心にした片山さんに言っておる問題について一、二お尋ねをしながら、論を進めてまいりたいというふうに思います。
したがいまして、湘桂作戦による戦闘が激戦であったということは十分承知しているわけでございますが、今日の時点において改めてこの加算年の割り増し率等について再検討するということは、私どもといたしましては大変困難であり、また制度内部の新たな均衡問題というようなことも生ずるおそれもございますので、適当ではない、かように考えているところでございます。
結局、その中ではそれぞれの戦死者についてはどこの場所でいっ戦死したかということがずっと皆載っているわけでありまして、それらからいきますと、この五つの連隊関係、例えば私の歩兵一三三連隊で申しますと、十九年のいわゆる湘桂作戦というものを中心にした戦闘の中では二千三百五十人、連隊としては非常に大きな犠牲でありますが、戦死者が出ておる。
また、当時の湘桂作戦がいかに険しく厳しいものであったかということも記憶に残っております。おっしゃる意味はわかりますが、全体の恩給バランスをさてここで崩していいのかどうか、これが問題なわけでありまして、なお検討をしろ、こういう御要請でありますからなお検討はいたしますものの、非常に困難である、これはひとつお察しを願いたいと思うんです。
次に、湘桂作戦等の戦務加算の問題についてお尋ねをいたします。 これにつきましては、第百国会で請願が採択をされて、当委員会においても私を含め何人かの同僚委員から質問が繰り返されてきたわけでございます。
○政府委員(佐々木晴夫君) 湘桂作戦につきまして当委員会で諸般の御論議があったということについては私もよく承知をいたしておるわけであります。
次は、これも今まで何度も請願の採択をされ、そしてこの参議院でも何回か議題になりました中シナ湘桂作戦の問題でございます。これにつきましても、私、後藤田長官にお願いに上がりましたとき、これは君、難しいよと言われたことをはっきり覚えております。また難しさについては、この四月十六日の衆議院の内閣委員会の田中委員の質疑に対する長官初め政府側の御答弁でもよく承知しております。
私、常識的に考えますと、この湘桂作戦なんかは陸軍省から申達しているに違いない、私はこう思うんです。たまたまないというわけですね。もう少しいろんなところで調べていただけませんか、その辺を。私も調べます。それによって検討していただくというのも一つじゃないかなと、こういうふうに考えるわけでございます。
○国務大臣(後藤田正晴君) 湘桂作戦についての御陳情なりお申し出、これは私どもも真っ正面から受けとめまして、今ある資料についてできる限り厚生省にお願いをして調査をしたわけでございますが、全体わかったというわけでありません。しかしながら、少なくとも今ある資料で判明した限りでは、あの作戦が相当厳しい作戦で多くの戦死傷者が出ておるということは、これは間違いのない事実でございます。
同時に、中シナの派遣部隊で湘桂作戦に参加した方からの陳情を私は受けているわけでありますけれども、これらの陳情の中身をつぶさに検討させていただきますと、本当に同情の念にたえません。同時に、湘桂作戦は戦死者、戦傷者、あるいはまたこれらに対する損害というものを多数出し、まれに見る激戦地、こんなことを聞いております。
○後藤田国務大臣 湘桂作戦の戦務加算についての御陳情等は各方面から聞いております。また政府も、参議院でございましたか、どなたからかの御質問にお答えをしたと思います。そういうことを受けまして厚生省に湘桂作戦の実態調査をお願いをしたのですが、一部の部隊についてはなるほど相当な戦死者等が出ておることは事実でございます。
これについて結論的には、これは恩給局の方から厚生省にきちっと話をして、厚生省にいわゆる湘桂作戦というものはどういうものであったのかということをまずただすべきだという、そういうふうに結論づけられて、言うなれば一つの宿題になっておったと思うんですが、恩給局の方はそういう手続は進めていただいておりますか。
○政府委員(藤江弘一君) ただいま御指摘の湘桂作戦を中心といたしました中シナ地域における激戦の状況につきまして、内閣委員会での御論議に基づきまして、私ども恩給局といたしましては厚生省援護局に依頼、協議しながら調査いたしたところでございます。しかしながら、事件の全貌を把握するに十分な資料は得られておらないというのが現状でございます。
というのであれば、一体何が必要かといいますと、私は請願者の湘桂作戦の実態に関する認識と旧陸海軍の意見を受けて今恩給局がとっておる認識との間に差があるということだと思うんです。検討しますということは、当然総理府は厚生省に対して実態の調査を依頼する。そこで客観的な事実をつかんで、公正にそれを判断する中から初めてこの請願に対する取扱いの結論が出る。これをやらないと検討できないわけでしょう。
それからもう一つは、中支の湘桂作戦という作戦に伴う問題でありますが、これは要するに、昭和十六年の五月までは中国本土は全部いわゆる戦務地甲、一番激戦地と指定されておったわけであります。十六年五月一日以後は今度は乙地区になった。そういうことになりまして、現在、この湘桂作戦、これは一つの典型的なあれですが、相当な部隊を動員しての作戦が行われて、相当大きな犠牲が払われておる。
○説明員(森山喜久雄君) 湘桂作戦でございますが、これは昭和十九年の四月から二十年の二月にかけましてシナ派遣軍が一号作戦というのを行ったわけでございますが、これは当時、中国に進出しておりましたアメリカの空軍の基地をつぶす、そのことによって日本本土への空襲を防止する、それと東シナ海における海上交通を確保するというような目的のもとに行われたものでございます。
○鈴切委員 戦務乙とされている中支でございますけれども、湘桂作戦等が展開され激戦のなされた地でもありますが、一個師団約一万二千人から一万五千人のうち、熊本の第五十八師団は七千三百六十八名の戦死者を出しております。その他多数の重軽傷者を出しております。
○和田政府委員 加算の程度、地域、期間等につきましては、ただいまも申し上げましたとおり、当時の実態を最もよく掌握しておりました旧陸海軍省を中心に検討の結果決められたものでございまして、湘桂作戦等、シナの作戦が大変に大きな重大な作戦だったということは私どももよく承知しておるわけでございますが、またそれ以外の地におきましてもいろいろな激戦等もございました。
それから二点は、中国で湘桂作戦というのがございまして、それについて戦地の加算を認めろ、こういう要望でございます。いま申しました湘桂作戦が八の番号でございます。 それから、その次に九の番号がございまして、九が上海の工部局の職員に対して恩給についてのことを考えろ、こういう三点でございます。 一番最初申し上げました戦後ソ連の抑留の加算の問題については、一でございます。
孝雄君紹介)(第二三三五号) 七七六 引揚者等に対する特別交付金の支給 に関する法律の一部改正に関する請 願(藤本孝雄君紹介)(第二三三六 号) 七七七 非核三原則法の制定に関する請願 (栗田翠君紹介)(第二四二四号) 七七八 台湾残置私有財産補償に関する請願 (後藤田正晴君紹介)(第二四二五 号) 七七九 旧支那派遣軍の湘桂作戦期間
義輝君 野呂 恭一君 粕谷 茂君 久間 章生君 同日 辞任 補欠選任 久間 章生君 粕谷 茂君 野呂 恭一君 上草 義輝君 ————————————— 四月一日 非核三原則法の制定に関する請願(栗田翠君紹 介)(第二四二四号) 台湾残置私有財産補償に関する請願(後藤田正 晴君紹介)(第二四二五号) 旧支那派遣軍の湘桂作戦期間
(前尾繁三郎君紹介)(第三四三号) 同(松永光君紹介)(第三四四号) 同(松本十郎君紹介)(第三四五号) 同(三ツ林弥太郎君紹介)(第三四六号) 同(水平豊彦君紹介)(第三四七号) 同(村田敬次郎君紹介)(第三四八号) 同(山崎拓君紹介)(第三四九号) 同(山崎平八郎君紹介)(第三五〇号) 同(柳沢伯夫君紹介)(第三五一号) 同(渡辺省一君紹介)(第三五二号) 旧支那派遣軍の湘桂作戦期間
外国特殊機関 指定に関する請願(第六一四号外三四件) ○靖国神社国家護持に関する請願(第七五六号) ○環太平洋合同演習への自衛隊参加反対に関する 請願(第八二九号) ○旧中華航空株式会社従業員を恩給法令にいう外 国特殊機関職員指定に関する請願(第一〇一五 号外一一件) ○旧満州航空株式会社従業員を恩給法令にいう外 国特殊機関職員指定に関する請願(第一四〇三 号外五件) ○大東亜戦争中湘桂作戦従軍者